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1999年夏〜2001年夏、マンションを借りようとしたら、2100ポンドに急騰していた。 今や、この国が、「英国病」という重い病を患っていたなどという面影は表面上どこにもない。
S元首相によって導入された「市場主義」への政策変換は、「Sの正当な息子」と言われることもあるB政権のもとでも基本的に引き継がれている。 B政権は、「国家主義」に立脚した旧労働党左派の道でもなく、「市場主義」に立脚した保守党の道でもない、「第三の道」が語られるようになった社会的、政治的背景は一体何であろうか。
現在、英国経済は順調であり、S元首相に始まった保守党政権が残した最大の置き土産である。 この経済的順調さの裏で、見過ごすことのできない社会的問題も存在するという、英国の影の部分についても、我々は十分見ておく必要がある。
それこそ、後追いするものの特権である。 英国の影の部分の幾つかは、「英国病」という大病を直すために投与された劇薬がもたらした非常に強い「副作用」という側面も持ちあわせており、今や、この「副作用」そのものが、大きくなってきているように見受けられる。
ここでは、「貧富の差の拡大」、「教育の荒廃」「犯罪の増加」という三つの側面から考えてみたい。 二十世紀の資本主義が世界にもたらしたものは、結局は、「貧困と隷従」であったと言われる。
実際、資本主義は著しい富の偏在をもたらしている。 世界の富豪トップ225人の資産は、世界の人口の47%にあたる約25億人の最貧困層の年収総額に匹敵するという。

開発計画(UNDP)が1999年に発表したところによれば、世界中で所得上位20%にあたる人々と所得下位20%の人々との間の所得格差は、1960年には30対1であったにもかかわらず、1997年には74対1にまで拡大しているという。 世界中には一日一ドル以下で生活しなければならない人が13〜14億人もいるという。
富める国の中でも貧富の差があることもまた指摘しておかなければならない。 米国については、億万長者が何人も存在し、百万長者が毎日生まれていると言われる一方、満足に日々の生活もできない人達も多数いる貧富の格差の大きい国である、ということが、漠然としたイメージとして定着している。
IT革命で90年代始めに7.0%を超えていた失業率は90年代終わりには4.0%にまで低下し、雇用は確かに増大したというが、これによって人々の暮らしが格段によくなっている訳ではない。 むしろ、年収3万ドルから8万ドル程度の中堅所得層が激減し、年収3万ドル以下の低賃金労働者がどんどん増えているというに過ぎない。
いずれにせよ、極めて不平等なこうした米国の現状は、やはり異常ではないかと私には思われる。 ところで、英国もまた貧富の格差の大きい国であるという認識は、日本人の間では割と希薄なのではないだろうか。
極々単純化してしまえば、競争原理を前提とする資本主義社会は、構造的に勝者と敗者、あるいは富める者と貧しい者を生む一方、福祉国家は、各種の社会保障給付、また所得再分配によって、貧富の格差の是正に努めるものである。 福祉国家の帰結が「英国病」であり、その克服のための歴史的使命を負わされたのがS元首相であったとすれば、S政権以来進められた新保守主義政策のもとで、貧富の格差が広がったであろうことは、想像に難くない。
L大学への留学生としてロンドンを最初に訪問した1995年夏、主要ターミナル駅であるキングス・クロス駅周辺で怪しげな人に声をかけられてドキドキしたことが思い出される。 駅周辺を歩いていたら、「ビッグ・イシュー、ビッグ・イシュー」と言いながら雑誌を差し出して近寄ってくる人に何度となく出会ったのである。
失礼な言い方だが、身なりが汚く、どこか危険な雰囲気がしたものである。 あとで知ったのだが、ホームレスを援助・支援するビッグ・イシューという団体の活動の一環で、団体名と同じビッグ・イシユーという雑誌をホームレスの人たちが街頭で売って、活動資金を集めるとともに、ホームレス問題についての啓蒙活動を行っていたのである。
景気がいい現在でも、ロンドンの街角には、多数のホームレスがいて、キングス・クロスを始め、チャリング・クロスやオータールーなどの大きな駅周辺やピカデリー・サーカス、大英博物館などの観光名所の側では、「小銭をくれ」と頻繁に声をかけられたS政権の下で、社会福祉費は逆に増大してしまっている。 この社会福祉費の増大が、大幅減税の実施などと相侯って、大幅な財政赤字、大量の国債発行という結果となってしまったのである。

そのため、保守党政権下では、平均すると、社会保障費に国債費を加えた所詮非政策的経費は全歳出の42%を占めるという、著しい財政の硬直化をもたらすことになった。 S政権以来進められた新保守主義のもとで、社会的貧富の格差が広がり、社会的弱者が増大する一方で、その依存体質が増大しているごく僅かな例である。
ただし、1997年からこれまで、この問題に携わってきた労働党政権も、貧富の格差の縮小には必ずしも成功していない。 国家統計局によれば、1998年度において、税引き後の所得分布について見ると、トップの20%が全体の45%の所得を占めており、1995年度における43%から若干増大している。
最貧層の20%の所得が占める比率は、1978年時点の10%から1995年度の7%、1998年度における6%へと減少しているのである。 また、富の分配の不平等性を示す指標として有名なジニ係数についても、国家統計局によれば、メージャー政権の最終年であった1996年の34から1998年には35に上昇し、1990年以来の最高値を記録している。
更にショッキングな報告もある。 J財団が国家統計局の統計をもとに大学の研究者などに委託して行った研究(2000年9月)によれば、英国では、現在、人口の約17%が必要最低限の住宅環境(雨漏りしない、十分な暖房施設がある等)に住むことができず、約2%は必要最低限の衣服(例えば、冬場を凌ぐための防水加工コートなど)が買えず、約7%が1日3度の食事を取ることができず、約700万人が友人を訪れ、冠婚葬祭の行事に参加するだけのお金がなく、約28%が金融的不安定状態(例えば、月10ポント(約1700円)の貯金ができない、保険に入れない)にある。
さて、貧富の差が拡大してきていることの何が、問題なのであろうか。 多少の貧富の差の拡大は、「結果の平等」よりも「機会の平等」を重視するという理念に基づいた自然の帰結であり、「頑張って結果を出した者は報われる」という意味で、国民のやる気を刺激し、社会を活性化させるのであれば、正にそれこそ新保守主義が目指したものとして是認されうるのかもしれない。
現在の英国の状況には、こうした解釈では是認されない、いくつか疑問を抱かざるを得ない要素があるように思われる。 貧富の差がますます拡大する傾向にある中で、「機会の平等」という錦の御旗すら危うくなる兆しが出てきていることである。
現在の英国は、「機会の平等」を満たすための基礎的条件がかなりヒビ割れてきた状況にあるように見受けられる。

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